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墓碑の前に佇む

自分自身と向き合わざるを得ないものに、尊敬と畏怖の念を覚える。

雨が降る中、羽田-湾岸と車を走らせ、大崎に着いていた。

そこには直蔵氏のお墓がある。

自然と墓碑の前に佇み、気付いたら無感動、無関心な自分と、関心、興味、感動で沢山の自分が居る。混沌と多様性が入り交じる自分は、このお墓に入るときには何を残しているのだろうか?

自分には能力が足りないのか?情熱が足りないのか?
常にそんなことを感じ、
上手くやれずにもがきながら、
やれる事からこなしていくしかないと思う。

また来よう。ここが自分の定点観測場所だから。
そして、最後に行き着く終着駅なのだ。

コメント (3)

コメントありがとうございます。
個人的に、仮説、検証プロセスが上手く機能していないんですよね。
なにか、外的な力によって(強制介入)立ち止まって見直したりすることが必要かなと、、、

あ:

正しく批判的であるために必要なことは
自分に対する問い直しだと思います。
とても難しく、とても充実するひととき。
良い時間を過ごしたね。うらやましいです。

でも終着駅はそんな予想の範疇には無いかもよ。キシシ

寿司:

ふと瞬間に立ち止まって自分を見つめることが
できる機会がちゃんとあるのはとても大切で
良いことだと思います。

僕も気をつけたいところです。

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2006年02月28日 03:03に投稿されたエントリーのページです。

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